
【徹底解説】加工硬化とは?塑性変形のメカニズムと切削時の対策
- 更新日:
- 2025/02/07 (公開日: 2024/03/18 ) 著者: 甲斐 智
金属加工の際、加工物には常に荷重が加わります。また加わる荷重は加工方法によって、引張り力、切削力、押し付ける力などさまざまです。
どのような荷重が金属工作物に加えられても、物理的に加工物内部に応力が発生し、工作物を変形しようとします。
フックの法則によれば、ある材料ごとに決められた荷重までは引っ張った分だけゴムのように伸びますが、荷重がなくなると元の長さに戻ります。しかしどの金属でもそれぞれに決められた荷重以上に力を加えると、塑性変形を起こし、元に戻らなくなります。
塑性変形で起こる問題のひとつに、「加工硬化」があります。
加工硬化とは、塑性加工が繰り返されることで金属材料が「硬く」そして「もろく」なることです。
一方で、より良い加工がなされるために加工硬化の問題を和らげるさまざまな手法も編み出されています。
本コラムでは加工硬化について、その意味や問題点、解決法などを紹介します。

塑性変形と加工硬化
金属材料の基本のひとつ、金属に働く応力とひずみの関係がどのようになるかを応力―ひずみ線図から紹介し、金属内部で生じている変化について説明します。
また、加工硬化とはどのようなことかを紹介します。
塑性変形とは
金属は加えた力に応じて伸び、そして力を抜けば元に戻りますが、あるポイントよりも大きい力を加えると元に戻ることができなくなります。この元に戻れなくなった変形を「塑性変形」といいます。
力を加えると伸び、力を戻せば元に戻る「弾性域」に対して、塑性変形は材料の限界を超えた力が加わり「塑性域」に入ったことで、変形は元に戻ることができなくなります。
図1は、丸棒の金属に加えられた荷重による応力と、金属が変形したことによるひずみの関係を表した、応力ひずみ線図です。

金属に荷重を加えていくとき、引張強さまでは荷重とひずみは直線関係で、フックの法則による弾性域にあります。(図1)
引張強さを超えると上降伏点まではわずかに弾性域を外れやや曲がっていて、上降伏点からは、応力がわずかに低下して、下降伏点に達します。
下降伏点の間は、応力は変化せずひずみだけが増えていき、その後、応力は最大応力点までひずみとともに増加し、最大応力点に達すると、応力低下・ひずみ増加の状態が続いて、破断に至ります。
弾性域から破断に至るまでの金属棒は、塑性変形した「塑性域」にあります。
塑性変形のメカニズム
塑性域について、金属内ではどのようなことが起きているのかを簡単に紹介します。
図2は、金属の原子構造を描いたイメージ図です。
金属は多数の原子が格子状に並び、立方体のような構成をしています。この原子構造が多数集まって、金属ができています。
原子構造や集合形態は、金属の種類によってさまざまです。

原子構造は原子が格子状に配列されますが、完全な配列ではないことが多く、転位と呼ばれる格子欠陥が存在します。
金属の弾性域では、力が掛かって金属構造に変形が起こっても、力が除かれれば元に戻ることができます。
塑性域では、転位をもとに原子の配列が直線状やらせん状にすべりが生じてしまった状態です。
多数の原子構造のあちこちで転位が起こるため、複雑な転位状態になり、力を抜いても元に戻ることができなくなります。これが塑性変形です。
加工硬化の発生
加工硬化とは、軟らかく・伸びがある材料が、硬く・粘りがなくもろくなる、という機械的性質の変化です。
塑性変形した金属に力が継続して加わることで、原子構造的に複雑な変形状態となり、その力に対抗するために硬度が上昇し、元よりも伸びが少なくなるような機械的性質の変化が起こります。
加工硬化は「ひずみ効果」ともいいます。
加工硬化
加工硬化とはどのようなものかについて、グラフ等を元に解説します。また加工硬化は冷間加工で起こること、冷間加工以上の温度を加えた焼きなましで加工することで元の機械的性質に戻ることなどを、グラフ図でご紹介します。
加工硬化のしやすさ
加工硬化のしやすさは、金属材料によって異なります。そして加工硬化のしやすさの程度は、加工硬化指数 n値によって決まります。
nは、塑性域における、応力―ひずみ線図の次の関係式の指数です。
※σ:応力、ε:ひずみ、C:塑性係数(塑性域の傾き)
上の式より、ひずみが大きくなると応力も大きくなることが分かります。
代表的な金属材料の n 値は、次のような値です。
材料 | n値 |
---|---|
軟鋼 | 0.21 |
SUS304 | 0.42 |
銅 | 0.50 |
黄銅 | 0.55 |
アルミ合金 | 0.26 |
チタン | 0.14 |
上記の値から、SUS材や銅、黄銅は加工硬化しやすい材料であることがわかります。
例えば切削加工であれば、切削が進むほど切削しにくくなり、衝撃によって割れが生じやすいといえます。
加工硬化曲線
図3は、縦軸が金属の機械的性質(伸び、硬さ、引張強さ)、横軸に塑性加工の冷間加工率を表した図です。この図から、塑性変形した金属を加工することによって、加工硬化がどのように変化するかが分かります。
なお、冷間加工とは、金属特有の温度域(※)以下で加工することです。

※金属特有の温度域とは、この温度以上で焼きなましの塑性加工を行えば、加工硬化が進展しなくなり、別の機械的性質に変わる温度のことです
冷間加工による加工率と、金属の機械的性質の変化は、図3から次のようになります。
- 塑性加工が進むほど、硬さが大きくなります
- 塑性加工が進むほど、伸びが小さくなります
- 塑性加工が進むほど、引張強さが大きくなります
伸びとは、「引張試験において、試験片が破断したとき、その標点間の長さLと元の標点距離Loとの差」とJISでは規定されています。
伸びが小さくなることは、破断が迫っているといえます。
熱間加工
加工硬化を改善するためには、先に述べたように高温の温度域で塑性加工を行うことです。これを熱間加工といいます。
図4では、この温度域を300℃付近として、機械的性質の変化を描いています。

参照:JIS H 0500 「伸銅品用語」
加工硬化が変化する温度を300℃と仮定すると、300℃付近から、硬さ、伸び、引張強さが変化します。変化の様子は、図のように逆転するような動きです。
- 300℃以上では、硬さは低く(軟らかく)なります
- 300℃以上では、伸びは大きくなります
- 300℃以上では、引張強さは低くなります

300℃以上で焼きなまし加工をしていても、冷間加工に戻ると金属は再び加工硬化を起こします。
冷間加工を行うか、熱間加工を行うかは、金属材料の種類や塑性加工の目的によって変わってくることですが、加工硬化を考慮して加工方法を決定する必要があります。
切削工具に関わる加工硬化
この章では、切削加工中の加工硬化やその問題点について説明します。
また、最後にはそれらの問題点に対する解決案をご紹介します。
切削時の加工硬化
切削加工ではいろいろな金属材料の加工を行いますが、切削によって金属材料が塑性変形し、さらに切削加工を重ねることで加工硬化が起こります。
図5では、切削加工のモデルを元に、切削と加工硬化の関係について説明します。

切削によって次の抵抗力が働きます。
- 切削工具がワークを切り離す抵抗力
- 切りくずとして材料からせん断される抵抗力
- 切りくずとすくい面間の摩擦による抵抗力
- 工具の逃げ面と仕上げ面に働く摩擦による抵抗力
- 工具に作用する切削熱による抵抗力
これらの抵抗力に対して、加工材料中に塑性域が生じます。 そして塑性域が生じても切削加工を続けることで、塑性域に加工硬化が起こります。
加工硬化の問題
(1)で述べたように、金属は切削によって生じる抵抗力に対して塑性域となり、塑性加工が進展して加工硬化が起こります。
加工硬化の度合は加工するワークの材料によって大きく影響を受けますが、ここでは一般的な加工硬化が起きた場合の問題点について解説します。
切削加工時の、加工硬化による問題は次の通りです。
- 切削部の硬度が高くなるため、工具に対する摩耗やチッピングが発生し、工具の寿命が短くなります
- 工具の摩耗やチッピングによって、仕上げ面の加工精度が悪くなります
- 切削熱が材料全体に伝わり温度が高くなった場合には、加工硬化で硬くなった部分の硬度が下がることがあります
硬度が下がれば切削部が余計に食い込み、切削しすぎることで、ワークの加工精度が悪くなります
これらの問題への対応について、以下で解説します。
切削加工時の加工硬化の対応
ここでは加工硬化による切削加工時の問題への対応を紹介します。
切削速度を調整し加工硬化を遅らせる
切削速度を調整することで加工硬化を遅くすることで、工具の摩耗を少なくする効果が期待できます。また加工硬化を進展させないため、同時に加工精度の悪化も防ぐことができます。
ただし、切削速度の調整は、加工の質やトラブルに影響するため、慎重に見極める必要があります。
加工硬化に耐えられる工具を使用する
例えば、硬度の高い材料の切削工具を使用したり、切削刃の形状を変えるなどの方法があります。
加工硬化に耐えられる工具を使うことは工具自体を守ったり、加工精度の維持に役立ったりします。
切削熱による抵抗力を下げる
切削点の熱によって抵抗力が増すことで加工硬化を起こしやすくなるため、クーラントを十分に使用して温度を上げないようにすると、工具の摩耗を少なくできます。
また摩擦部の潤滑性が良くなることで、抵抗力が低下する効果も期待でき、加工精度も保たれます。
加工方法を変える
エンドミルによる加工の場合、アップカットでは加工硬化を生じさせやすいですが、ダウンカットでは加工硬化を生じにくくします。
このように加工法を変えることも、切削条件を考慮して行えば加工硬化の影響を少なくすることが期待できます。