
高精度加工を追求する!メカ視点で考える高精度加工のポイント
- 更新日:
- 2025/02/07 (公開日: 2023/08/11 ) 著者: しぶちょー
日々、各工作機械メーカーで、高精度な工作機械が研究・開発されています。しかし、昨今の技術発展をもってしても「どんなものでも高精度で加工できる究極の工作機械」は未だ存在しません。
精度の追求とは、それほどまでに奥深くむずかしい分野なのです。

工作機械の原理のひとつに「母性原理」あります。これは「加工される部品の精度には、使用する工作機械の精度がそのまま反映される」という特性です。つまり、工作機械が持つ精度以上の加工を行うことは不可能だということです。
しかし逆にいえば、これは「工作機械の持つ精度までは、加工精度を上げることができる」ともいえます。
加工精度が出ないと悩む場合、工作機械そのものの精度が悪いわけではなく、使い方が悪く機械の精度を引き出せていないことが多いです。精度良く加工するためには、工作機械を正しく理解し、その機械本来の精度を引き出すことが重要です。
高精度加工の第一歩、工作機械の基礎知識

まずは工作機械が持つ基本的な特性と精度について理解しましょう。
〈工作機械の基礎知識〉
工作機械の母性原理ってなんだ?
冒頭でも触れましたが、母性原理についてあらためて紹介します。
工作機械の母性原理とは「工作機械によって生産される部品や製品の精度は、それを作り出す工作機械の精度によって決まる」というものです。そのため、工作機械の精度を高めることが、工作機械メーカーの使命でもあります。

〈工作機械の母性原理〉

それでも加工品の精度が良くない、精度が外れた、なんてことは加工の現場では日常茶飯事です。母性原理に従えば、工作機械の精度が悪いということになりますよね。本当にそうでしょうか?
もちろん、精度不良の原因はさまざまです。しかし私の経験上は、 精度が出ない加工現場には「母性原理を阻害する要因」があることが多いです。要因は、温度であったり、切りくずであったり、クーラントであったり… 実にさまざまです。


工作機械の精度ってどう測ってるの?
精度こそ工作機械の命… とはいいましたが、具体的にどういったことを精度といっているのでしょうか。
実は工作機械の精度は、さまざまな規格で規定されています。代表的なものを紹介します。
〈静的精度〉
静的精度は、無負荷状態での構成要素の形状、位置、運動及び相対的な姿勢の幾何学的な正確さです。
かんたんにいえば、「機械はまっすぐ動くよね?」ということです。他の駆動軸と直角になっているか、主軸が傾いていないかなどの姿勢も見ます。


〈位置決め精度〉
位置決め精度は、各運動軸による位置決めにおいて、「設定した目標位置に対する実際に停止した位置の正確さ」です。さまざまな測り方がありますが、具体的にはレーザー測定器などを用いて、動作を繰り返して評価します。


〈加工精度〉
加工精度は、規格で決められた形状を実際に加工して、加工精度を測定します。
例として、ISOで規定されているマシニングセンタ用の試験片の形状を示します
。静的精度、位置決め精度だけでは評価できない工作機械の総合的な運動特性を試す評価です。


こういった厳しい試験を経て、工作機械は高精度を実現しているのです。
工作機械の構造を理解しよう
工作機械は大きく分けると、「構造体」「駆動部」「主軸」「カバー」に分けることができます。
構造体は工作機械本体といっても良い基礎の部分です。基本的には鋳物でできており、機械の剛性を確保するために非常に重要な役割を果たします。

続いて駆動部ですが、これはボールねじ、サーボモーター、リニアガイドウェイなどの機械要素部品から構成される部分で、これにより工作機械は動作が行えるようになります。
主軸は、自動車でいえばエンジンに当たる最重要部です。ここに工具を取り付けて回転させることで、加工を行います。あとはカバー類が機械を囲む形で取り付いています。

切削現象を理解しよう
切削とは、材料を変形させながら削り取る加工です。旋盤などでの旋削加工などは、よく「りんごの皮剥き」に例えられますが、厳密にいうとこれは間違いです。


リンゴの場合、剥いた皮をくるくるとリンゴに巻き付けていけば元のリンゴの形に戻りますよね。これが"切る"ということです。切りくずを再びくっつけたら元の形に戻るような加工は"切る"といいます。
一方で、切削は"削る"です。例えば、彫刻刀でガリガリと木を削ったあと、出た切りくずを使っても元の形に戻すことはできません。
このように切削とは、材料を変形させながら削り取る加工なのです。

切削は変形させながら削り取るため、当然、加工には大きな力が必要になります。加工の際に発生する力を切削抵抗と呼びます。
フライス加工と旋削加工で向きは異なりますが、切削抵抗は主分力、送り分力、背分力の3つの力に分けることができます。

加工精度を悪化させる3つの影響因子

ここからは加工精度を悪化させる要因を見ていきましょう。
〈加工精度を悪化させる影響因子〉
熱変位
熱変位とは、その名の通り熱で変位を起こすことです。鉄系材料であれば「1℃、1m、12μm」ということばが有名です
。
1℃の温度上昇で、1mの部材であれば、寸法が12μm大きくなるということです。
この熱変位がなかなか厄介で、工作機械側にも材料側にも悪影響を及ぼします。
工作機械側でいえば、温度が変化することで工作機械の鋳物構造体の寸法が変化してしまいます。そうなると、機械の静的精度が崩れて精度良く加工できなくなってしまいます。
また、ボールネジなどの駆動系の温度が変化すれば、位置決め精度にも影響を及ぼします。

一方で、現在の工作機械には「熱変位補正」という機能がついているのが一般的です。
工作機械の各箇所に温度センサが貼り付けてあり、熱変位を予想して変位でズレた分の寸法を自動で補正します。これにより熱変位の影響を抑えることができます。
ただし熱変位補正は万能ではなく、後述しますが特定条件下では熱変位補正が逆に悪さすることもあります。
材料側の影響はシンプルで、単純に熱で膨らみ寸法が大きくなります。その状態で削るので、加工が終わり常温に戻った頃には、加工したかった寸法より小さくなってしまうのです。

剛性不足
剛性が不足すると加工時に受ける切削反力に耐えられず、機械側が変形してしまいます。工作機械の剛性は各要素をつなぎ合わせた「直列のバネ」のように表すことができます。
力の発生源であるモーターを始まりとし、ボールネジ→鋳物構造体→主軸→工具ホルダ→工具→ワークと力が伝播します。これらの要素が直列のバネとしてつながっているイメージです。

例えば、どんなに機械が堅牢であっても、工具が貧弱であれば、その機械全体の剛性は工具の剛性となってしまいます。

鎖(くさり)をイメージするとわかりやすいです。
例えば、鉄の鎖であればどんなに引っ張っても千切るのは難しいですよね。しかし、もしも鎖の一箇所だけがプラスチック製だった場合はどうでしょう?
例え、他の部分を強固な合金に変えたとしても、その鎖の強さはプラスチックの部分に依存します。

ビビり
ビビリは加工現象のひとつです。加工中に強烈な振動が発生し、加工面品位を低下させたり、加工精度に影響を及ぼしたりします。
ビビリについては、原因はさまざまなため詳細な説明は割愛します。未だに機械加工分野の研究では、ビビリについての研究が行われているほどです。ビビリの専門書だけでも本が何冊も出ています。
引用元:安定限界線図|広島県立総合技術研究所
一般的には、安定限界線図を用いた加工条件の変更が対策として有効です。
図にあるようなビビリの発生しない安定領域であれば安定して削れるので、この条件に入るように切削速度を変更したり、切り込み量を調整していきます。
工作機械の精度不良事例と高精度加工のポイント

要因がわかったところで、実際に現場で起こる精度不良の具体事例とその対策について見ていきましょう。
〈精度不良事例と高精度加工のポイント〉
工作機械の配置を考えよう

工作機械が熱変位を起こして、加工精度が出なかった例を紹介します。
精度不良事例.1工場の窓から日が入り精度不良が発生…
A社では、加工品の精度が安定せず悩んでいました。一日の生産の中で、必ず一定数の精度不良を出してしまうのです。その量は毎日変わらず、必ず同じ量の精度不良が出ます。
不思議に思った従業員は、部品を作った時間ごとに並べてみることにしました。
すると、特定の時間の間だけ精度不良を出していることがわかました。その時間が過ぎれば元に戻るのです。

そこで、その時間の工作機械を観察してみたところ、その時間帯になると工場の窓から日が入り、工作機械の一部を温めてしまっていることがわかりました。
運悪く、その箇所に熱変位補正用にセンサがあり、センサが太陽光で温まり、誤った補正をかけてしまっていたのです。
精度不良事例.2空調ダクトの向きが原因で精度不良が発生…
同じ工作機械を3台並べて、同じ条件で加工しているのでどうしても真ん中の機械だけ精度が出ません。
工作機械の故障かと思い、調べてもらったが異常なし。しかし、修理に来たサービスマンから報告がありました。「なんかここだけ涼しい」と。
空調ダクトの向きが悪く、空調から出た冷たい空気が工作機械の一部を冷やしてしまい、機械が温度差によりバランスを崩していたのでした。
精度不良事例.3工作機械の排熱で精度不良が発生…
新しい工作機械を導入したら、元々あった機械の精度が極端に悪くなってしまいました。
調べてみると、導入した工作機械についている冷却装置の排気が横向きで、隣の機械に排熱が直撃して熱変位を起こしてしまっていたと。

さらに工作機械の熱変位補正は、室温の変化、工作機械内部の発熱に対しては強いですが、事例のような外乱的、かつ局所的な発熱・冷却(上述のような)はほとんど想定していないので、補正で対応するのは困難です。逆に補正が誤った形で働いて、被害が拡大する可能性もあります。
こういった不用意な熱変位を起こさないための機械配置の考慮が重要となります。
切りくずは素早く除去しよう

続いても熱変位のはなしです。工作機械において、最も強烈な熱を出すのが加工そのものです。
加工の瞬間、工具の先端は1000℃にも達するといわれています。故に、クーラントなどを用いてワークや工具を冷却する必要があるのです。
切削で発生する熱に関する研究結果で、面白いものがあるので紹介します。切削で発生した熱はどこへいくのかを調査した結果、その8割が切りくずとして排出されているらしいです。

切削において、ワークの温度を上げないことは重要ですが、そのためにも発生した切りくずを迅速に除去する必要があります。
クーラントで除去できる切りくずには限界がありますし、例えば下記のような箱物であれば、切りくずが溜まってしまいクーラントごと温度が上がりかねません。いっそのこと、姿勢を変えるなど、切りくずはけを意識した検討が必要でしょう。

ちなみに、クーラント自体の温度も重要です。切りくずを出し続けると、機械内のクーラント全体の温度も上がっていきます。そうなると、クーラントをかけること自体がワークの熱変位につながったり、機械全体の温度を上げてしまうことにもなりかねません。

クーラントを管理しよう

精度の話とは少しズレてしまうかもしれませんが、クーラントの劣化による影響も考慮しなければなりません。クーラントを腐らせたまま、交換せずに使い続けている工場も多く見受けられます。
工作機械のクーラントで、最も多く使われるのが水溶性クーラントです。水溶性クーラントは、切削油を水で希釈して作るクーラントで、種類にもよりますが約90%は水です。なので、当然腐ります。


クーラントが腐るメカニズムは、バクテリアの繁殖です。クーラント内のゴミや油を食べて、バクテリアが繁殖することで水を腐らせていきます。
腐ると腐敗臭が発生し、職場環境としてのよくありませんし、クーラントとしての性能が落ちていきます。
しかし、腐ってもクーラントとして使えなく無くなるわけではないので、廃液の処理も面倒くさい、クーラント交換自体が手間という理由で、あまり交換されません。

クーラントの腐敗は、加工精度において2つのリスクがあります。
ひとつは、機械のさびです。クーラントのさび止め性能が落ち、機械をさびさせていきます。

2つめのリスクは切削性能の低下です。クーラントの潤滑性能が落ちることで、工具寿命の低下やビビリの発生につながります。ビビリは加工精度の悪化に直結しますので、由々しき問題です。

まずはチェックシートを作る程度の管理でも良いので、クーラントの管理を意識してみましょう。
暖機運転をしよう

製造業で働いている人の多くは、朝一番でラジオ体操をしますよね。私もやります。体を動かすことで、血流が促進し、目も冴えて気持ちよく一日を始めることができます。
工作機械も同じで、仕事を始める前に必ず準備体操が必要となります。それが「暖機運転」です。


暖機運転を行うことで、機体の温度が安定し機械が持つ本来の静的精度で動作することができるようになります。まさに身体が温まる感じですね。
また、機械を動かすことで各部ベアリングの潤滑が促され、本来の動きができるようになっていきます。こちらは血流の促進に似ていますね。
このように暖機運転を行い、工作機械本来の精度を発揮できる状態を作ることが大切です。
メカ視点で考える高精度加工のポイントまとめ
私は工作機械はレーシングカーと同じだと思っています。
工作機械ユーザーはいうならばプロのドライバーです。マシンに乗りながら特性を掴み、セッティングを出しタイムを詰めていきます。工作機械というマシンでライバル達と競い合っているわけです。マシンの開発者よりも、マシンの実力を熟知しています。
一方で、マシンの開発者はプロのドライバーのように運転はできませんが、それでもマシンの特性を誰よりも理解しています。ドライバーの要望に答えるための知識と技術を持っています。

私はまさにマシンの開発者です。工作機械の設計のプロですが、機械加工のプロではありません。実際に、機械を使って加工をしているわけではないので、あまり具体的な加工の話はできません。その代わり、工作機械の構造や特性については深い知識と開発の経験があります。
今回は、その経験を活かして、機械設計者の視点から高精度加工についてまとめさせていただきました。
とても基本的な内容ですが、それでも非常に重要なことです。
この記事が少しでもプロのドライバーの皆様のお役に立てば幸いです。